OSHIRASE

3ヶ月ぶりの更新となりました。

2022年も残すところ1ヶ月と半月。

突然ではありますが

デイサービスは今年の年末をもちまして営業を終了することとなりました。

緑豊かな古民家のデイサービスです。

働くにあたり10年前にデイサービスの面接を受けに行ったのですが、こんな素敵な環境の中、介護のお仕事ができるなんてすごく理想的だ。と思ったのです。

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お庭で気持ちよさそうに自由気ままに過ごす犬。

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時折遊びにくる院長先生のお孫ちゃん。

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そこに住む優しい院長先生家族。

 

少人数制の施設である為、しっかりとサービスや会話に時間をかけられる魅力あるこのデイサービスが大好きなのです。

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そんなデイサービスをご紹介できたら良いなと思い、写真付きで日記をゆるり書くことにしていました。(ゆるすぎて更新頻度低く申し訳ありません)

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私はここで働けたことに感謝をし、また来年からは新たな道に向かうこととなるかと思います。ですが助けを必要としている大好きなおじいちゃん、おばあちゃんの力にはなりたい。

介護のお仕事にはなんらかの形で携わりたいと思っています^^

 

ひとまずご報告でした🌿

 

 

 

 

KIRYOKU.TAIRYOKU.CHIRYOKU

お久しぶりでございます。

暑い暑い夏の日。

皆様はいかがお過ごしですか。

 

最近ですね、デイサービスに通われる97歳の男性ご利用者様にお願いしていたことがありましてね。

その方は川越市で最高齢の現役釣竿職人さんです。

この方は本当に勤勉で穏やかで探究心のある人。私はいつもその方の生きる姿勢や学びの心に尊敬しかありません。

自らはあまりお話をされることはないのですが聞くと昔のことを色々教えてくれます。

その方は川越に来る前の若かりし頃、東京都の東大和市で暮らしていたとのことで、私もよく知る西武遊園地沿いの竹林に行かれては夜、人目を忍んで竹を取りに行ったことなど興味深い思い出を楽しそうに話して聞かせてくれました。

昭和初期の昔の事を教えてくださる方があと何十年かするといなくなる。その時は必ず訪れます。

私は今こうして貴重なお話を聞けていることに幸せとありがたみを感じるのです。

植物1つ、テーブルに置くにしても葉っぱの色や形をよく観察し、考察します。

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物事を考えることに柔軟な気持ちが備わっているのがよくわかる人です。

そんなご利用者様に最近買ったお気に入りだったやちむんの器が真っ二つに割れたことを話したら『持ってきて?見てみよう』と提案してくれました。

つい最近、金継ぎの本を買ったよう。

 

普段、竹で釣竿を作る際に漆や金粉は使われるようで、金継ぎのやり方を新たに学ぶ為に本を買っていたようです。

私は『無理しないでくださいね』『直らなくてもよいので』と注意深く念押しをしながら割れた器を手渡しました。

なぜそんなに念押ししたかというとその方は両手が痺れたりして痛むことがあることを知っていたから。

お嫁様にも相談したところ

『いつまでも探究したい人なので、ボケませんね』なんて冗談混じえて答えくださり。

 

器を渡してから3ヶ月くらい経ったかな。

『金継ぎの部分で手間取っている。手が震えて真っ直ぐ細く描けないのだ』

ともらされました。

『私は本当に気にしないで好きなようにしてください』と言う。

『手が痛かったりしたらやめても大丈夫』と、思ってはいたが、、言わなかった。

1度受けてくださった職人さんに対してそれは逆に失礼かなと思ったからです。

それからしばらくして器を持ってきてくれたのですが見た瞬間、

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『すごいなぁ〜』

本当ただただ素直に感動してしまいました。

最近はご高齢ということもあり、歩くこと食べることもやっと。といった様子が続いていた為、家でどれだけこの器に時間を割いてくれたのかと考えると涙腺が思わずゆるむ。

何年か前の七夕の短冊にお願い事を書く際にその方は何て書くんだろう。と私は考えていました。

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『毎日をありがとう』

と書いていました。

『宝くじが当たりますように』

と書いた私の心が浄化されたのは言うまでもない。

 

気力・体力・智力

 

その方が大事にされている3つの力を私も引き続きサポートしていきたいです。

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想像して考える。
物事の捉え方は人それぞれ。
私は優しくしたいと考える。
優しくするには技術がいる。

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それは勉強すれば身につくわけでもなく。

常に相手の立場になって相手の考えを受け入れてから提案していこうと思う。
相手の考えに明らかな間違えがみてとれても否定はしない。
間違えは正すときとそこまで必要がないときってあると思う。
そんなのも笑いに変えながら全て受け入れていこうかなと。

そういうケアがしたい。


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私が認知症になったとする。
いろんなことがわからなくなって頭が混乱しているときに正論をぶちかまされて何だか上から楽しそうに物事を言う職員にはなりたくない。
『この人、なんか嫌』
ってなりそう。
混乱している気持ちにも寄り添ってほしい。
それらを相手に伝えるにはやっぱり身体に触れて目線を合わせてほしい。
何でも優しい笑顔で包みこんでもらえたら
『この人なんか好き』
って思ってくれるんではないかな。
空気感が大切かなと。

そんな想いが伝わっているかいないか。
認知症疾患の方と信頼関係を気づけているといざおこなうケアに対して拒否は生まれないものと考える。(いや、稀にあるな。笑)

実際、認知症の方は大なり小なり正常な判断をすることが難しくはなっているが、人を見ることに関しては根底にしっかり判断基準を持っている気がしていて。

ただ優しいだけではいけなくて。
優しくするには技術がいるのだ。

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その感じを言葉にして説明するのも難しくて後輩くんには話しをしたことないけど、体現するから見て感じてほしい。

私もまだまだ理解できていない部分がたくさんあるけど、色んな場面から見落としがちなことに意識を向けて考えていきたい。

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普段の私とは少し違う。
でも私が実践している認知症ケア方法。

18年目の気づき。

 

HOT HITOIKI

朝の迎えで車が出ている間、残っているスタッフはホールの準備です。

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たくさんのクリスマスローズを院長からもらいましたので、玄関先に飾っておくことにしました。

デイサービスを出て2件先の家の門には飼い犬が街行く人を出迎えてくれているのです。

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この日もなんとなく見に行くとドンピシャでお出迎え最中だったので、『おはよう』と挨拶だけして戻りました。

そんなこんなをしているとお客様が到着です。

さて今日も9割くだらないことを言って皆様と笑って1日を過ごしていきたいと思います。

 

FURIKAERI

私はおそらく前向き人間であると思われます。

産まれつきアトピー性皮膚炎でありそんな持病のなってはいけない職業ランキングに入っている介護士

働きだしてから手荒れはひどいし周りからも可哀想と言われますが、好きなことをしているから仕方ないと割り切っている、、つもりではいます。

割り切っていると言いつつもやはり痛みはつきものだし、見た目も悪いので困ったものですね。

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グループホームで勤め出して1年経過した頃、やはり夜勤もしていたことが祟り身体や皮膚に負担がきて働き方を見直すことにしました。

と、言うことで次に勤めた先は

no.3【有料老人ホーム】

ここでは派遣スタッフとして働いていました。夜勤無し・入浴介助無し・時間も不規則でない統一した時間の10時〜19時でホームを探してたどり着きました。

いやぁ~。

本当介護って施設によって全然違うなぁ。って感じました。

派遣としての働き方がいまいちわからなかったのですが、私はここでは社員さんやパートさんの負担となっているケアや業務・ご入居様のお話し相手など見極めて優先的に動いていこうと思いました。

これしといてくれると助かる

という業務ってあるんですよね~。

社員さんやパートさんは派遣と違いイベント準備・委員や会議・カンファレンスなどなど業務以外でやらねばならない仕事があるのです。

そして働いていくうちにわかったのですが、社員さん側からすると派遣スタッフはずるいと思われている事実も。苦笑

派遣スタッフって時給は高いのですよ。

それでいて会議や委員会などの業務もなくただ決められたことだけをすればよい。的な役割。

なので仲良くなった社員さんやホーム長に言われました。

『社員になってくれませんか』

と。

身体のこともありお断りをしたこと心苦しく。。

派遣スタッフはホーム側から更新手続きがされないと1ヶ月で違うホームにいくこともあります。私は運良く更新が続き最長期間の1年ずつを2ヶ所で働かせてもらいました。

この2年で身体も少しずつ元気になりました。

私の身体が頑丈だったらなぁ。

なんて日々考えてしまうこともありましたが派遣スタッフとして働いていた期間、一緒に働いてくれた社員さんやパートさん・関わるご入居様、みんな良くしてくれてありがたい日々でした。

今後は夜勤がない介護施設を家の近くで探そうと決めて派遣スタッフを辞めました。

さて、無事無職になった27歳頃。。家の近くを散歩していたらある張り紙が目に飛び込んできました。

『介護スタッフ募集』

ん?どれどれ。

よく見るとお庭には犬3匹がお出迎えしてくれる古民家小規模デイサービスでした。

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そこからすぐに電話をして今、現在働いているデイサービスにお世話になることが決まるのでした。

あれから10年経とうとしています。

大変なことも多々ありますが、身体も比較的、楽ですし環境も良いデイサービスに巡り合えて幸せだなとしみじみ感じる今日この頃。

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働く人に余裕がないと良いケアは生まれない。

今までお世話になった各ホームでの経験を活かしこれからもがんばっていきたいです。

FURIKAERI

さてさて、どこまでお話ししたでしょうか。

no.2【グループホーム

前回お話しした特別養護老人ホームですが、3年経った時、ハードな夜勤に腰痛と身体がついていけず退職を決めまして。次はグループホームに勤めました。ユニットが2つあり1ユニット8名様の合計16名様がご入居されているアットホームな雰囲気が特徴的です。

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3食のご飯もスタッフとご利用者様で作ったりお洗濯物を手伝ってくださる方もいたりと一緒におこなえる環境がありました。

例えばですが、認知症疾患があるご入居様の住んでいたご自宅がグループホームのたまたま近くにあったのです。徒歩10分ほどかな。

そうなりますと夕方暗くなるあたりに『こんなとこにはいられない。自分の家に帰る!』と言って飛び出されるのは介護士からしたらすごく当たり前と言えば当たり前に思うこと。

ここでは玄関に鍵などかけることはなく飛び出しを阻止することなく納得いくまでどこへでもついてまわれる時間がありました。

近くにあるご自宅に一緒に行くもだれもいません。【自宅にはもう誰も住んではいません】

その方はインターフォンを鳴らし誰もいないことが確認できたらそこで一つ自分の気持ちに折り合いがつき『困ったな。さっきいたところに一泊させてもらいます』となるのです。

なので毎日その方は夕方暗くなる前にご自宅に行かれるのでした。

隣町に自宅があると歩いて行かれた方もいます。『ついてこないで!』と興奮されていましたので程よい距離を保ち様子を見ます。

1時間半くらいでしょうか。

ふらふらと体力的に疲れベンチに座られたので、そこで初めて声をかけてみるのです。グループホームの職員であることは理解ができない為、あたかも通行人を装って笑顔で会話を始めてみるのです。そうするとグループホームにいたときは興奮され職員の話しなど聞く耳を持たなかった方も優しく笑顔でお話しを返してくれました。そうなると私の提案にも納得してくださるのです。その後はタクシーで一緒に帰ることができました。今振り返るとお金も持たず払い方もわからないが帰りたいという一心でバスに乗ってしまう方などもいたりで、以前に勤めていた施設とはまた違う意味で色々異なることの発見で働いていて驚くことばかりでした。

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その方が一度こうしたい!と思ったことは口で説明したり危ないからやめましょうと阻止するより絶対叶えてあげたほうが後々、良い効果をもたらすと思っています。例え叶わない事とわかっていても時間をかけて対応することこそが重要だったりすると。

私はグループホームに入居されている方の中には納得・理解ができない方もいる。だけど寄り添って対応することの大変さと大切さを身を持って感じることができました。

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そして入職し一つ不安だったのが、、、

それは料理作りです。

昼と夜は料理担当職員さんが来てくれて主に料理を作ってくださるのですが朝ごはんは夜勤者の担当でした。

ニラ玉やお味噌汁など、今思えば簡単なメニューと感じるかもしれませんが当時23歳の私はお味噌汁の作り方さえ知りませんでした。てへ。

なんとか簡単なメニューの作り方を覚えて私が夜勤の時はそればかりだったような気がします。ごめんなさい。苦笑

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昔、板前だったという男性ご入居様にお味噌汁を一口飲まれそれ以降全く口にすることがなかったというほろ苦い記憶が先程、蘇ってまいりましたのでここらへんでおしまいにしたいと思います。

 

2022start.FURIKAERI

新年が明けてあれよあれよと時は過ぎ気付けば2月。

皆様、こんにちは🌞

日々寒いですね❄️

 

私は今のデイサービスに勤めて10年経ちました。10年同じ施設にいたことはありません。

18年目となる介護士人生を振り返ってみようと思います。

まずは、、

NO1.【特別養護老人ホーム

3年ほどいた最初の職場は50名様ほどご入居されていた施設でした。介護度は高く平均介護度は4。自分の足で歩ける方は2名様ほどでした。

夜勤は月6回ほどあります。当時19歳か20歳そこらの若さしかない私でさえぎっくり腰を夜勤中にやってしまいストレッチャーで自宅へ運ばれ2週間自宅療養する始末。

それくらい重労働でした。

座っている暇はなく常に時間に追われて。

と、なるとケアにも支障が自然とでてくるのです。普通スタッフは決められた業務を時間内に終わらせなければならないと思いますよね。

ですが、相手は人間。認知症を患う人なのです。

時間をかけてお話しをすればできるかもしれないことすらできないのです。(その時間は業務に入ってないから)認知症の方には環境面で良くないなと感じていましたしスタッフ配置人数が少なすぎて働く人も精一杯。

真面目な人ほど苦しくなる環境でした。

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忘れられない記憶。

ご利用者様の中で暴力行為がありスタッフは殴られたり噛まれたりしながらもどうにかケアするのです。

でも殴ったり噛んだりを繰り返す方もなぜそうなったかと言うと入院先の病院でずっと拘束をされていたから。

認知症の進行と共に嫌なことをされ続けた結果なのだと思います。

夜中に部屋から声にもならない声が聞こえて部屋に行くとその方が『うぉん』『うぉん』と泣いています。すぐに抱きかかえて大丈夫だよと伝えると静かに頷かれます。近寄ると必ず手が出てしまうそのお方を半ば無理無理抱きしめると力がふっと抜けて私に身体を預けてくれたのです。この方は優しい人だ。と感じました。

この色々な悪循環をどうにもできないことしばらく考えていました。

今から18年も前のことですから今は利用者様本位の介護体制というものに少しずつ変わっていると思います。そうあってほしいと願っています。常に自分の親だったら。自分の家族だったらと思ってご利用者様と関わりたい。

介護士さんの中には綺麗事と思われる人と共感してくれる人、二つに分かれるかもしれないですね。

綺麗事と思う介護士さんがいても仕方ないです。どこの施設も1人にかかる仕事量がものすごいことも知っていますから。

特別養護老人ホームへの施設入居は誰しも希望して来ていません。仕方なく入居されている人が大半だと私は思っています。

そんな方の笑顔が一瞬でも見れたら嬉しいなと当時も今と変わらない気持ちで精一杯頑張っていました。

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つづく